海洋の世紀・「海峡」その3

飯島です。意見は私個人のものです。

海の地政学における概念の一つに「チョークポイント」というものがあります。それは、安全保障上の要衝であり、かつまた、海上航行においてこのポイントをどうしても通航しなければならないなど経済的にも戦略的にも極めて重要なシーレーンの一点をさします。ちなみに陸上ではボトルネックと呼ばれる様ですが。

世界の海洋にはいくつものチョークポイント、ほとんどが海峡ですが存在しています。このチョークポイントを支配するだけでシーレーンだけでなく自国の安全保障上の力と世界の経済に対する巨大な力、影響を与えることができるのは、チョークポイントの一つホルムズ海峡の事例を見ればわかると思います。

チョークポイントの影響度は国の位置やエネルギーの依存などにより異なるところもありますが、グローバルな関係性の緊密な現代ではほぼ一体の影響を免れないと思います。

世界のチョークポイントにはホルムズ海峡をはじめ、マラッカ海峡やスエズ運河やパナマ運河など多くの海峡や運河などがあります。

アルフレッド・セイヤー・マハンは「海上権力論」の中でシーパワーを結する要素として、地理的位置、地勢的形態、領土の規模、人口、国民性、政府の性格の六つを挙げていますが、地理的位置とは島や半島、海峡といった海への面し方、地勢的形態とは、海岸線の形状、湾や岬、港として先頭にあげています。攻勢に便利で外洋に出やすく、更に世界の大通商路の一つを支配できる様な地理的位置の戦略的重要性は極めて明白です。

さて、日本にもチョークポイントが存在しています。それが五つの特定海域です。宗谷海峡から大隅海峡まで、北から南の五つの海峡が特定海域として選ばれたのは何故なのでしょうか?これらの海峡を眺めるとすぐに思い浮かぶのは日露戦争の際の日本海海戦ですが、安全保障上の要衝というのは変わるものではないのでしょう。ただし、現在はベクトルは逆向きのようにも思えますが。

この五つの海域がチョークポイントとされる理由について憶測で考えてみました。

これら特定海域がどの海とどの海を繋ぐ海峡なのかを考えてみますと、まず宗谷海峡は、北海道と樺太のあいだあり、日本海とオホーツク海を繋いでいます。さらに、太平洋北極海航路航路への唯一の航路になっています。間宮海峡もありますが、水深が浅いため軍艦や潜水艦の航行は難しいためです。

津軽海峡は日本海と太平洋を繋ぎ、韓国、中国、台湾から太平洋への最短航路になっています。

対馬東水道と対馬西水道はともに東シナ海と日本海を繋ぎ、北の特定海域との接続が見えてくるのではないかと思われます。

大隅海峡は、東シナ海と西太平洋、フィリピン海を繋ぎ、黒潮を航行に利用でき、また荒海の津軽海峡に比べると比較的におだやかで、中国、台湾から北米への通商ルートとなっています。

こうみてくると日本海と太平洋、東シナ海のつながりが浮かぶのですが、これらの特定海域がチョークポイントとされるのもなんとなくわかる様な感じがします。

そしに加えて、トカラ水道(

海峡)と択捉海峡をめぐる動向や、地球温暖化による北極海航路など、多くのチョークポイントがある日本の平和と安全の構築に向けた海洋戦略はどう考えられているのか、大変に気になるとことです。


海洋の世紀・「海峡」その2

飯島です。意見は私個人のものです。

法律の問題を考える時に大事なことは「立法の主旨」。と教えてくれたのは法律に詳しい年上同期の同僚でした。おかげで条例に関わる質問では結構良い質問ができたと思います。

 さて、ここでのテーマ、「領海及び接続水域に関する法律」の附則の第2項、特定海域について当分の間領海の幅は三海里とする規定はどの様な狙いがあっての事だったのかを考える時条文の文言の奥に隠されていものがありや否や、ありとしてそれは如何なるものかを推測してみたいと思います。

これは最近の日本政府のホルムズ海峡に関する解釈を変更したことにつながるものもある様に思われます。それはそれとして。

 領海法は1977年に制定されその後1996年に大改正をしています。

法律名も「領海法」から「領海及び接続水域に関する法律」になりました。それで、1977年の領海法制定当時の海洋についての国際情勢はどの様なものだったのでしょうか?国連では第三次国連海洋法会議が1973年から始まって5年程度の時間が経過しており、議論の焦点も絞られつつあったのではないでしょうか。領海については約60カ国増えていました。更には漁業水域を200海里とする国も増えつつある時代でした。領海法制定を促進した直接的事情としては、ソ連(当時)との間での漁業交渉がありました。

 それは、77年の領海法が、本則が第一条領海の範囲、第二条基線の二条であることからもうかがえます。しかしながら、それだけでが立法の主旨ではなかったと思われます。

 それが附則の第2項です。普通、附則はには施行期日が定められている程度ですが、領海法の附則には第2項に本則には置きにくいけれど、同程度の重要性を持つ規定が置かれており、それが特定海域の規定です。その規定が置かれた理由として安全保障上の国内及び外交問題が浮上したとみられています。それは日本の国是の「非核三原則」、領海を12海里としたのでは海峡の全体が領海になってしまい、核兵器を積んだ米国の艦船の通過が「持ち込ませず」との整合性に問題を生じ、安全保障上、外交上の問題を生じる恐れがあり、領海を3海里として中央部に公海を残す決定をしたのではとする見方です。さらに、附則にしたのは、「当分の間」という文言には将来の状況次第によってはこの規定を見直すこともあり得るとの含みがあり、その意味でも本則ではなく附則としたことは妥当な判断であったと思えます。そしてこの時期の国連海洋法会議の議論では国際海峡における通過通航権に関する議論が活発であったことに対する先手の対応であったことが考えられます。

 1996年、国連海洋法条約を日本は批准締結しますが、それにあわせて領海法の大改正が行われます。法律名も「領海及び接続水域に関する法律」となり、二条の本則は五条になり接続水域の規定が置かれます。しかし、附則はそのままに置かれたことに立法の主旨を感じます。国連海洋法条約の「第三十六条 国際航行に使用されている海峡内の公海又は排他的経済水域の航路」の規定が対応して、国際海峡における通過通航権の適用を避けるという立法の主旨が実現されています。これにより国際海峡における領海の海域部分の規制権限が保たれることになったということでしょう。

しかし、海峡内の公海を通航するのは米国の艦船だけではなく、中国、ロシアの艦船もまた通航しています。そして、今後は北朝鮮の艦艇の通航もあり得ない話ではなくなりつつある様に思います。安全保障上の課題はより難しい状況になることが懸念されます。

海峡の問題はまだ続くことが考えられます。

海洋の世紀・「海峡」

飯島です。意見は私個人のものです。

高倉健さん主演の映画「海峡」を何回かケーブルテレビの番組で見ました。吉永小百合さんも良かったです。津軽海峡の海底に青森と函館をつなぐ青函トンネルを掘るという映画ですが、映画を観た時点では知らなかったのですが、このトンネルは日本の領海だけでなく、公海の下を通っているのです。トンネルの中央部は約9、7キロメートルの幅の公海の下を通っていると言われています。津軽海峡のもっとも狭くなっている海域の幅は約10海里とされています。日本の領海は、1977年、昭和52年の「領海及び接続水域に関する法律」第一条で基線から外側に十二海里とされましたが、津軽海峡における海域の領海の幅は同法の附則の第2項で当分の間、基線から外側に三海里とされています。津軽海峡は「特定海域」と呼ばれ同様の規定を受ける海峡は、宗谷海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隈海峡で津軽海峡とあわせて五海峡が「特定海域」とされています。

領海には我が国の主権が及びますが領海外部分にあるトンネルについては、国の領土から連続して掘削しているトンネルには領土と同じ管轄権が行使することができるというのが国際法上の解釈とされ、青函トンネルも日本国が管轄権を行使することができるとされています。

青函トンネルについては概ねそういうことなのですが、海峡の問題としてはそもそも何故その様な一見すると不利にも思える領海三海里としたのでしょうか?

領海法の附則の第2項の規定の趣旨は、海洋国家及び先進工業国として、国際交通の要衝たる海峡における自由な航行を保障することが総合的国益の観点から不可欠であることを踏まえたものと説明されています(参議院法制局「法律の[窓]」)。

これは五つの特定海域が、国連海洋法条約で言われるところのいわゆる「国際海峡」に当たるということでしょう。

さてこの説明が果たして全てなのでしょうか?それ以上の隠された何かがある様な気がするのですが、その点については、次回に考えてみたいと思います。

それと、主権と管轄権という言葉の使われ方にも注意を払ってください。

21世紀における「海洋の世紀」について

飯島です。意見は私個人のものです。

21世紀について様々なとらえ方があるでしょうが、私が最近意識する様になったのは「海洋の世紀」ということです。もちろんこれはホルムズ海峡をめぐる今日の状況がもたらした結果です。海洋の世紀はこれが初めてではありません。これまでも海上権力と経済的利益を手中にするための海洋の覇権をめぐる闘争が何度かありました。

15世紀から16世紀にかけてはスペインとポルトガルとが主役の大航海時代が、それに続く17世紀にはオランダによる東インド会社の設立による通商、金融、海軍の時代、その後、18世紀から19世紀の産業革命と植民地によるイギリスの覇権、いわゆるパクスブリタニカ、ここでは主要航路と海峡ジブラルタとスエズ運河を抑えた大英帝国の実現が、さらに20世紀は工業力を背景に第一次、第二次世界大戦を経て圧倒的な海軍力による世界の警察官パクスアメリカーナ、そして21世紀は新たな海洋の世紀の展開が現実になりつつあります。

ここで気がつくことは20世紀までの海洋覇権をめぐる主役たちはどれも西欧国家だということです。そして21世紀の今、初めて西欧世界ではない国家が一方の主役として登場したと言えるのではないでしょうか?

中国の登場です。中国とアメリカによる海洋の権力と経済的利益をめぐる駆け引きの時代が21世紀の海洋の世紀と言えるのではないでしょうか?

と、ここまで考えてきた時に興味深い書籍に出会いました。それは「日本海洋戦略研究」(京都大学学術出版会)ですが、興味深いのは著者も訳者も中国の研究者であり、中国の視点から日本の海洋戦略を研究評価しているということである。著者の修斌は中国海洋大学教授で日本研究センターセンター長、訳者の兪鳴奇は中国海洋大学・マルクス学院准教授です。

日本の海洋戦略をどの様に理解して評価しているのかは読んでいただくとして、こんな時期、2026年6月15日ですが、この様な本が出版されるのは気になるところです。

ホルムズ海峡の事案で気になることは、海峡管理の機構を沿岸国だけでなくペルシャ湾沿岸国に加えて海峡航行の当事国そして国連の組織も関与する様な国際法を踏まえた制度として構築できるかどうかということが一つです。そしてこの書籍を読んで日本の国際海峡に関することや台湾海峡、地球温暖化に伴い俄かに注目されてきて北極海航路のことなどの問題意識が浮かんできたということで、おいおい考えを進めてみたいと思います。